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→解題

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（一丁表）

▲みかん水　こしらへる法 シユセキサン　　一匁　　　ほど タンサンソーダ　三匁　　　　よく 白ザトウ　　　　二百目　　まぜる 　水　　　　　　四舛　　　　　べし

　これは、字面ほど変なものではない（実際に造って飲んだわけではないけど）。と言うより、清涼飲料水の基本だ。匁も目も実際には同じ単位で、3.75gと考えればよい。酒石酸(C4H6O6)は、当時から現代に至るまで、清涼飲料水をはじめ、各種食品の原料だし、炭酸曹達、即ち炭酸ナトリウム(NaCO3)粉末は、主に医薬品として販売されていた。でも、これらを水４升に溶かすとなると、なんだか水臭いような気がする。

▲めし早たきの法 めしヲたく時 かまト ふたトのあいだニ もめんぎれヲはさみて たけバ早くでき 　　めし ふゑるなり

　釜と蓋との間に木綿の布巾などを挟むのは、世間一般でよく行われていたはずだ。余分な水滴を吸収して、炊き上がりの状態を良好に保つためだろうと思っていたが。いくらなんでも「飯が増える」というのは怪しげである。

▲酒 みりんニする法 さけ一舛ニくしがき一本 よくもみつぶして入 ぬるき火ニて一時間たき だしきぬのきれニて 　　　こすべし

　これでは、柿臭い酒ができるだけではないかと思うが、干柿の甘味や旨味が溶け出すということなのだろうか。

▲ねずみよける法 マタタビのはヲよくほして 火ニてくすべるべし よる一度すれば 　　　　三十日間 　ねずみでぬ事妙也

　妙也と言われても...本当に妙な話だ。鼠がいなくなるより先に、家のまわりが猫だらけになるのではないだろうか。

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（一丁裏）

▲いんにく早こしらへの法 もぐさヲよくほして ゑのぐトはちみつニて 　　　ほどよくねるべし

　この印肉は、乾くのか？ 書類に蟻がたかったりしないのか？ いや、そもそも、モグサを干している暇があれば、本物を買ってくればいいのではないか？

▲しやうがひ風ひかぬ法 水四舛の中へ 塩十匁入 右の水ニて手ぬぐいヲしぼり まいあさからだ中ヲ 　　　　　　　　ふくべし

　寒風摩擦とか冷水摩擦はよく聞くが、塩水摩擦というのは知らなかった。生涯に何回かは風邪引いてもいいから、ヒリヒリするのはいやだ。

▲のぼせ引さげる法 からしヲ紙ニぬり 　ねる時 両方のあしの 　　うらニはるべし

　足の裏のツボを刺激するとかってのは、今ふうである。ただし、このカラシは、きっと一生懸命かいた練りカラシでなければならないのだろう。粒マスタードでは効果がないに違いない。

▲色 白くなる法 蒼茸桑 五分 リウサン加里 二分 　右二品毎朝ゆニてのむべし

　最初の方は、青茸（青ハツ＝ハツタケ）と桑、ということなのか、あるいは「蒼茸桑」なる薬種があるのか、不明。蒼耳子というのはあるらしいが。硫酸カリウム(K2SO4)って肥料じゃないのか。だんだん怪しさが...ちなみに「分」は、0.1匁。

▲めしくさらぬ法 めしびつ の そこへ 　ふるき 梅干ひとつ入 其上へめしヲ 　　　　　　うつすべし

　これはわからんこともない。日の丸弁当の巨大なやつを逆さにしたようなものだ。

▲しをゆう　かびぬ法 からしヲ布の袋ニいれ しをゆうの中へ入をけバ かびる事なし 　又あじかわらず

　ここでのカラシは、実のままなのだろう。そうでないと、たちまちカラシ醤油になってしまう。これもまあ、わからんでもない。

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（二丁表）

▲唐ちりめん ラシヤニする法 水一舛ニタンサンソーダ 二分入 其中へ唐ちりめんヲつけ手ニて よくもみ 又水ニつけ又もみ 三四度してかわかせバ らしやニ成舛

　同じ毛織物でも、唐縮緬（モスリン）は薄く、羅紗は厚手で毛羽立っている。何度も揉んでいるうちに毛羽立ってくることはあっても、薄いものが厚くはならないだろう。

▲石油 とくニつかう 法 石油ニヤキシヲすこし入て ともせバ 大とくなり 　あぶらへらず 　　　光つよし

　石油ランプというものがないので、あまり実感が湧かない。そう言えば、石油ストーブというものも、最近はだんだん減ってきたような気がする。

▲こへ　よくでる法 生玉子ニコシヨをすこし入 時〃のむべし

　まあ穏健なネタ。今でも生卵を飲む「声商売」の人はいるかも知れない。胡椒は入れてないだろうけど。

▲物おぼゑ よくなる法 ガジツをよくけづり まいあさ湯ニて 　　　　のむべし

　莪（ガジュツ）は、ショウガ科の多年草。乾燥した根茎は、確かに漢方薬ではあるが...胃薬じゃないのか？

▲コンニヤク板　製法 カンテン一本サトウ七匁清水四合 右テよく煮たて のち 入ものへ 入 かたまりて後つかふべし

　こらこら、これは単なる「寒天の製法」だってば。

▲そばかす　ぬく法 桃の実ヲすりつぶし 玉子の白みニてねり毎よ ねる時 かをニぬるべし 　十日もすれバ なをり舛

　朝起きると、顔がパリパリに...

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（二丁裏）

▲むしばいたみとめる法 松のみどりヲくろやきニして 明バンすこし入 シヨチウニて ねり いたむはニつけべし

　明礬を止血に使うことはあったらしいし、焼酎は消毒のつもりなのだろうが、松葉に鎮痛効果があるのだろうか。

▲諸道具早つぎのり製法 石ばいト うどんこヲ 玉子のしろみニてねり ほどよくつぐべし

　石灰・小麦粉・卵白を練り合わせると、なるほど糊らしきものにはなるだろう。だけど「諸道具」を修理して実用に耐えるようにするためには、相当な接着力がいるはずだ。誰か実験してみなされ。

▲ひぜん なをる 妙 法 イヲヲの粉　白ゴマ　シヨチウ 各盃ニ一ぱいづヽすりばちニて よくすり　ふろニ入る時 　てのひらニぬるべし

　要するに疥癬。虫性の皮膚病には、えげつない薬が必要だというわけで、硫黄が出てくるのだろう。白胡麻や焼酎は塗り薬にするための材料で、有効成分のつもりではないかも知れない。もちろん患部は掌とは限らないから、掌に塗った薬を入浴中に患部に塗布せよということか。

▲紙ニて なべつくる法 こんにやくいもヲ　わさび をろしニてよくすり あつき紙のうら表ニぬり なべのかたちニつくるべし 　火水ともニ大丈夫

　今でも温泉旅館の夕食に出てきそうな紙鍋だが、中身を入れずに火にかけてはイケナイ、と書いてないので、燃やした読者がいなかっただろうか、老婆心。

明治廿四年九月二日印刷　京都市下區長寺河原町西入冨永町 仝　　　年仝月三日出版　　　　　　四十一番戸 　印刷著述兼發行人　　　　　　　　　　中井茂三郎

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解題

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• 縦16.5cm・横12cmの袋綴。
• 本文は二丁しかない。本文は四角く囲われた罫線の中に一項目ずつ書かれ、一丁表は２×２、一丁裏と二丁表は３×２、二丁裏は２×２の本文と奥書になっている。本来これだけしかなかったのか、オリジナルの序や目次があったのかなかったのか、よくわからない。
• 右の題字が刷られたピンク色の表紙が付けられている。しかし、本文より1cm程縦が短い薄紙なので、本来は表紙ではなく袋だったのだろう。
• この本の最初の購入者は、裏表紙に名前のある、渡士末吉「大先生」だったようだ。その時点では、本来の表紙が付いていたのだろう。大先生は、表紙に署名を墨書し、蔵書印を押したらしい。袋にも署名がある。やがて、これが別人 -「小先生」とでもしておこう - の手に渡り、何らかの理由で表紙が失われた。小先生は、失われた表紙の代わりに袋を裁断し、本文に接着して表紙とした。このとき、小先生は細筆で元の表紙の内容を書き写しておいたらしい（このページの最初の図）。また、小先生は、本文の各枠に(1)から(20)の番号を付し、新しく作った表紙の裏に、手製の目次を作ろうとした。しかし、小先生は、本文の文字（多少の変体仮名を交えたもの）を読むのに手こずったらしい。目次も未完成のまま放置されているし、本文に、仮名の読み違えによると思われる余計な濁点を付け加えてもいる。アルファベットの筆記体の練習らしき落書きがあるのに、仮名が苦手ということから、大先生と小先生との間には、結構時代の隔たりがあることが窺える。
• それはともかくとして、この本が小先生の手に渡った時点では表紙はあったはずだから、本文も揃っていたのだろう。その小先生が目次を作ろうと企画した時に、20項目を立てたということは、小先生がわざわざ項目の隠滅を謀ることもないだろうから、この本の本文はやはり最初から二丁しかなかったのだろう。
• さて、大先生や小先生のことは置くとして、著者の中井茂三郎大々先生だが、何者かはわからない...別にちゃんと調べた上でわからないと言っているのではないが、きっと調べてもわからないだろう。知識階級でないことは、内容はともかくとしても、「しよちう」「しをゆう」「こへ」「つけべし」等の奇妙な仮名遣いや文法から窺える。市井の薬種店か雑貨店の主人だったのだろうか、自家の商品の活用法をいろいろ考案して、パンフレットを兼ねて出版したかったのかも知れない。この冊子は、きっと本屋ではなく、自分の店に並べて商品と一緒に売っていたのだろう。奥書から推測するに、版下までは自分で書いて、彫工のみ雇い、印刷・製本は自家でやったと思われる。
• 「蜜柑水」は、日本国語大辞典では、用例として1910年の寺田寅彦「旅日記から」を掲げている。1891年の本書では「みかん水」のまがいものを作ろうというのだから、蜜柑水なるものはこれよりもっと前、明治のかなりはじめの頃からあったということになるのだろうか。

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