一見どこにでもある、街の小さな交番。しかし、何をかくそう、この天神橋七丁目交番は、1933(昭和八)年6月17日、陸軍対警察の一大抗争と騒ぎ立てられた「ゴーストップ事件」の舞台となった天六派出所の後身なのだ。

　もとはと言えば、血気盛んな、あるいは仕事熱心な、二十代の青年どうしの意地の張り合いで起きた、偶発的で小さなもめごとに過ぎなかったのが、軍部と警察各々の上層部のメンツ上の対決に発展したのだと言われる。実際、殴り合った本人同士は、遺恨なく握手して仲直りしたのだそうだ。そうは言っても、若いヤツのしでかしたことを、オヤジが勝手に政治利用して騒いだのだという理解には、少し留保が必要なのかも知れない。オヤジというものは、今も昔も結構気の小さい人種である。血の気の多い部下連中から「弱腰」となじられるのが怖いのだ。オヤジ達に強硬な態度を強いるような雰囲気を暗黙のうちに作ってしまっていた数多の「若いモン」の中に、殴り合いを演じた本人達が含まれていなかったとは言えないからだ。