短波の驚異！無線通信は短波長電波の出顯によつて根本的に革命され、ラヂオは短波によつて世界の隅々に放送されテレビジヨン、電送写眞は短波によつて初めて完成され、軍事通信は短波によつて秘密を保たれ、マルコニーは短波を以て殺人光線を發明したと傳へられた、此の驚くべき短波の偉力は人類の幸福及び安寧に寄與する事絶大である。

　斯の如き現代科學の第一線を行く短波長電波は一九二六年米國のシエレシヱフスキー氏によりて初めて生理學的に應用され、人間及び動物に及ぼす超短波の偉力を發表した。當時獨逸に於てもエナ大學物理學教授ヱゾー博士によりて短波の生理學的研究が行はれ、之れと同時に同大學の内科教授たりしシユリーフアーケ博士によりて黴菌に及ぼす研究並人類疾病、殊に從來治療頗る困難とせる幾多の疾患に應用して偉効を収めた。就中、肺結核、肋膜炎其他の結核性疾患に對して周到無比なる學理的研究が一九二八年に發表された。

　恰も其頃米國スタンフオード大學に留學中なりし予は同大學を卒業して世界的に有名なる物理療法の泰斗ヱブラムス教授の許にあつて電子振動の生物學的影響について數千匹の兎モルモツト等を用ひて實驗し、短波の本性を闡明したのであつた。

　短波長電波の驚くべき作用は、直ちに實驗によつて證明された。一秒時間一億回と云ふ電氣振動によつて發射せらる短波長電波は、從來電氣が透過する事の出來なかつた、ヱボナイト、陶器骨、脂肪等凡ゆる絶縁物を容易にどしヾヽ透過して、どんな深部にも透入することが出來る。例へば骨を以て覆はれてゐる人間の腦の中にも、厚き肉と骨盤とより成る婦人生殖器管にも、何等の障害なく思ふだけの大量の短波を入れることが出來るので、レントゲン線(Ｘ線)やラヂユームのガマン線の如く皮膚や骨に吸収される事がない事が明かになつた。それは無線電信やラヂオの電波でも知らるゝ通り、東京のラヂオが三百メートル内外の長い波長を用ふると晝間大阪で聞く事が出來ず、名古屋の放送でも東京で聞えない。然も十キロワツトと云ふ大きな電力を用ひて尚到達しないのは、之等の電波が途中の空氣や物體に吸収されるからであるが、若し之れに反して短波の發振器を使用すると晝間大阪は勿論、滿洲や朝鮮と中繼の放送をしたり、又英國や獨逸の放送、アメリカのオリンピツクの競技が晝夜を分たずにいつでも平氣で放送されたのは、此の短波を用ひた御蔭である。斯の如く非常に小電力の短波でも途中の空氣や物體に吸収されぬからどしヾヽ目的地に到達するのは之れが爲めであつて、短波が稠密せる人體の筋肉や骨を容易に透過し得るのはこれによつて會得されるであらう。

　人體の何處にでも容易に透過し得る事は理解されるが、然らば電波が人體組織の中を透過したらどんな作用をするかと云ふことは何人も知りたい所である。短波を以て人體を通過せしむる時之れを電氣の計器で計算すると、大凡五十ワツトから、強力なものになると二千ワツト位まで透すことが出來る。五十ワツトと云へば短波の治療器で最も力の弱いものであるが、丁度六十燭光のランプの點火するだけの電氣であつて、家庭用の電氣アイロン位ひの電氣が人間の體の中を通るのである。大型の短波治療器では二百五十ワツトから五百ワツト位のものがあるが、これは人體の中に入る實際の電力を計算したもので大變な電氣量である。之れが人體の中を流れるのであるから熱が出る。電氣は電線でも何でも通過すると熱が出來るので、人間の中を通る場合にも同様に温熱に變化する。之れを稱して電波熱と云つて居るが、此の電波で發生する熱はアンカや懐爐で温めた熱とは全然違ふのである、それがどんなに異ふかと云ふと、赤外線や火鉢で温めたものは皮膚で全部止まつてしまつて人體の内部に深く入ることが出來ない、人間の皮膚は寒い熱いを自然に調節する様に出來て居つて、いくら灼けるように熱を與へても決して皮下十二糎に達しない。皮膚の下側には多數の血管があつて、皮膚に熱が感じたらこれを血管で全身に運び去り寒い時には温かい血液を供給するので、どうしても内臟を温めるには體全體を温めねばならない。然るに短波による熱は短波が深部を通過すると共に深部に温熱が發生する。例へば肺とか、胃とか、子宮とかに直接温熱を與へようとすると、自分の思ふ處に随意の温熱が與へられるのが短波の偉大なる力の一つである。更に此の温熱が普通の温熱と非常に變つて居つて人體の中を通るのは電流でなく電波である爲めに、電流が川の流れであるとすれば電波は霧や雲の様なもので、其の電氣は霧や水蒸氣の如く非常に細かい處や眼に見えぬ部分に迄入つて面白い働きをする。それは人體を形造つて居る細胞と云ふ極めて小さい分子の中に入つて強烈な働きをする、舊來の電氣治療は丁度川の流れの様なもので、人體の血液や筋を通して流れて居つたのであるが、今度の短波は水蒸氣のようになつて細胞の中で小さい熱を發生する。これが黴菌自身細胞の中にも又強烈な熱が出來る。黴菌が死ぬるのも、黴菌の働きが衰へるのも之れが爲めである。この熱が細胞中に起きる事は醫學上どんな働きをするかと云ふ事を知らねばならない。

　昔から温熱を利用する治療法は數限りなくあるが殆ど悉くが皮膚表面から温熱を與へるのである。温熱を皮膚や組織に與へると組織を弛緩せしめ、筋肉の緊張を緩和する、そして血管を擴張して充血を來たさしめ、其局部の血流を増加する、皮膚の發汗を助け活動を容易ならしめるものであるが、之等の現象は殆ど皮膚並に表層組織に限定されて居るが、それでも相當の治療効果を持つて居る。若し之れが内臟とか血行の不良になつてゐる肋膜壁とか、骨と骨とで出來て居る關節の内部に直接に温熱を與へて以上の作用を起す事が出來るとすれば、どんなによく効くか何人も想像されるであらう。人間の病氣は外來の病原菌に犯される場合と、自分から病氣を病み出す事との二つであるが、自分から病氣が出るのは血行が障害されるために、組織や筋肉、神經に榮養が不行届になる爲めであるので若し之れが血管を擴張して血行を盛んにし完全に榮養を送つたとしたら、其の病氣はすぐに治る筈である。短波による血管や殊に毛細管の大擴張は實驗によつて證明される。第一圖はプフロム氏が實驗した毛細管の擴張状態を寫眞に撮影したものでＡは短波放射前の毛細血管の寫眞でＢ圖は短波を放射せるもので、其の擴張は平常の四倍乃至十倍に達することが測定された。此の擴張が一回の放射によつて二十四時間以上保たれ、二三日連續して放射した時は十四日間擴張して収縮しなかつたと云ふ事である。

第一圖Ａ 短波を放射せざる毛細管	第一圖Ｂ 短波を放射せし毛細管

　人體の榮養を司る血管殊に毛細管をこれ程迄に擴張し得る藥もなければ他に何物もないので、短波の威力の第二の作用がこゝにある事は知れるが、此の擴張が更に不思議な事にはアドリナリンの如き強烈な収縮藥を注射しても其擴張が中止しない事である。又豫めアドリナリンを注射して置いた局部に短波を放射すると平氣でどんヽヽ擴張する。この様な擴張力は如何なる藥物を以てしても不可能な事である。肋膜に水がたまつたり、肺に結核菌が巣を作つたりするのは、血行が不完全である事、即ち血管や毛細管が冷氣にあつたり壓迫によつたり、榮養不良其の他の原因で収縮して新鮮な血液が充分に流れないから起きる病氣であるから、血行をよくして榮養を萬遍なく供給すれば決して病氣に罹ることがないのは子供でも解るのである。

　短波は無比の血管擴張力のある事は知れたが、血管を擴張して榮養を供給するだけでは體内に巣喰ふた黴菌や外部から侵入した黴菌を追出す事は出來ない。勿論血液の中には白血球があつて之等の黴菌を喰ひ殺す力を持つて居るが、短波の第三の偉力は恐ろしく白血球が増加する事である。第二圖は短波を放射した局部より取つた血液の寫眞であるが短波を放射すると非常に白血球が増加するのである。白血球さえ増加し、之れが血管の擴張によつて、胸隔壁腔内等に巣喰ふた結核菌などはどしヾヽ喰ひ殺してしまう事が出來る。これが短波の第三の偉力であつて、更に又有力な作用が短波治療學の泰斗シユリーフアーケ氏によつて證明された。

(第二圖)　短波放射した部分の白血球増加状態

　それは短波が直接の殺菌力があると云ふ事である。短波が黴菌の發育力を阻害する事は多數の學者によつて報告されたが、シユリーフアーケ博士は人間の結核菌を試驗管に採り平温で培養して短波を放射した。短波によつてあまり熱が上昇せぬように三十五度に限定して五分間と九分間と十分間放射した。ところが第三圖の寫眞で見られる如く、十分間で奇麗に死滅して跡方もなくなつて居る。シユリーフアーケ氏は結核菌のみならず五十幾種の黴菌をそれヾヽ試驗した處、何れも同様の成績であつた。又短波の波長をいろいろに變へて試驗して次の結果を得た。

(第三圖)

菌の殺滅實驗 試驗管内の結核菌は攝氏三十五度の超短波電場に於て左方は五分間中央は九分間右方は十分間放射によりて完全に殺滅せし事を立證せるもの(シユリーフアーケ氏短波治療學より轉載)

　波長が異なれば黴菌殺滅に要する時間が變つて來ると云ふ事は實に面白い現象で短波に特有の働きがある事を意味する。之れを選擇作用 Selektive Wirkung と云ふので、短波研究者が血眼になつて熱心に研究して居るのは之れが爲めである。短波が黴菌に對する作用が波長によつて非常に異つて來るのみならず病氣を癒す働きも違つて來る、多くの學者は之れを頗る巧妙に使用して驚嘆すべき卓效を現はして居る。

　波長が十五米以下になると益々其選擇作用と特殊作用 Spezifische Wirkung とが出來て來る。此の特殊作用と云ふのは何であるかと云ふと、黴菌の殺滅作用や白血球の増加作用も其一つであるが、短波を放射すると血液中の水素イオン濃度が變化する。それは短波が強烈な酸化作用を有する事實を物語るものであつて、呼吸によつて空氣中より酸素を採つて血液の酸化作用を起すのと同様で、若し結核患者の如き充分に空氣中より酸素をよく吸収し得ないものに對しても、短波を放射した毛細管や動脈中の血液に對して、盛んに酸化作用を起すものであるから、之れによつて生命に必要なる體内の酸化を助け從つて新陳代謝を旺盛ならしむる事が出來る。之れは極めて簡單な實驗で證明され、血精の酸化は直ちに認識し得るものである。短波は又單に血液の酸化のみならずして、腦脊髄液中にも證明せられる。要するに短波の通過する處悉く此の酸化作用がある事は何人も考へられる事實である。されば體質虚弱なるもの又は酸素吸収の不足せるものに對して短波を放射せば放射線の透達せる領域内の組織又は之れを通過せる血管内には丁度肺の中を通って血液が酸化されるのと同様に燃焼作用が盛んになり、白血球は増加する。之れが血管によつて全身に循環するのであるから、醫師の所謂「全身状態」Allgemeine Befund が短波を放射した患者に急速に認められるは之れが爲めである。此の上更にも一つ重要なる短波の特殊性が發見された。(發見者フロム教授)

　それは血液の酸化作用によつて新陳代謝が旺盛になり、水分が組織に滲透して血液中のナトリユームとカリユームの二重要榮養素が非常に濃厚に組織中を通過して、之れによつてカルシユームが補給される、肺患者又は虚弱體質者にカルシユームが必要な事は論を俟たないのであるが何程カルシユームを服んでも血液中で充分に分解されなければ何にもならない。又血管が収縮して血液が充分に通過せぬと役に立たぬ。その上カルシユームが組織内に滲透せしむる働きが必要であるが、短波は此の重要な役目を果たす力を多分に持つて居る。之れが短波の特殊性の五大作用の一つである。

　更に動物試驗によつて證明せられた處によると、短波を放射した動物の組織を形成する細胞膜 Zellenmembran の滲透作用と之れが組織の流動力 Strommungs-Verhaltnisse を毛細管との滲透力の促進によつて淋巴流を盛んにし、新陳代謝が促進される。

　次ぎに短波の治療上有效な作用が學理的に發見された、それは人間の内臟の機能を司る植物性神經系に短波が作用する、然し波長が長いもの二十米以上のものでは影響がなく十五米から三米の間であるとよく作用之如何に興奮して居る患者でも五分もたゝぬ内に睡眠を催ふするのは之れが爲めで、十分もかけると非常によい氣持で熟睡する。殊に交感神經と云ふ内臟に多く働らく神經は之が緊張して興奮すると呼吸が急迫したり、心臟が壓迫されたり、血管壁が収縮したりする。それを迷走神經と云ふ神經で逆に擴張しようとするのであるが病氣に罹つた場合は丁度之れの均衡が失はれて迷走神經の力が足らなくなる。短波を放射すると面白い事にしては見るヽヽ交感神經の緊迫を緩めて、迷走神經の働きを増大する、第四圖は心臟の鼓動が非常に樂になる圖で之れはオツシログラフに撮影したものである。上方の曲線は交感神經が強く働らいて心臟が充分に収縮せぬと血液を送り出すことが出來ぬが、短波を放射すると血管や毛細管が擴張して少しく収縮すれば樂々と血液を全身に循環せしむる事が出來て、心臟の負擔が輕減される交感神經が短波の爲めに弛緩され、迷走神經が、充分に緊張する事が一目して明瞭になり、下部の曲線は放射後に於ける其状態が、更に顯著に持續される事を表示せるもので、短波が心臟疾患や呼吸器疾患に著効のある所以は斯くの如く現在の最高醫學によつて立派に證明されて居るのである。

　凡ての内臟を支配せる交感神經と迷走神經に對しモルヒネやアドリナリン以上に直接作用する事は短波が醫學界に重視せらるゝに至つた原因で、然も之れが物理的放射線であつて劇毒藥の如く組織に惡影響を及ぼす事が絶對になく、天地自然の生物的機能を完全に働かすものであるからこれ程自然の法則に合致した治療法は再び得られないものとせられて居る。