中之嶋何某、館建つ。ある朝、庭の木に、御上人の御名号、留りありける。有難く思ひ、取上げ、手細工に表具にして御守に致し、肌身に付け、親子とも御上人を信仰致し、御念仏怠らず。ある夜、用事ありて出しが、人違ひにてありしや、大袈裟に斬られ、その所へ倒れ、息絶えたり。右態聞き付け、側へ駆付け、右館連帰り、着物を見れば、壱尺程切れあり。身には何の傷もなし。親子、喜ぶこと限りなし。あまり不思議故、守を出し改め見れば、不思議や、御名号は二つに切れて、その切口より血潮付きあり。かく有難き御利益ましまし、況や未来は御救ひ下さる、との御教へなり。

• 中之嶋
  現在の大阪中之島は、役所・公共施設・公共的企業が多く立地している。近世後期（1845(弘化２)版地図等による）の段階では、諸藩の蔵屋敷・下屋敷でほぼ埋め尽くされ、商人の私邸が建つ余地はなさそうに見えるが、幕末にかけて何がしかの変化があったのかも知れない。
• 手さいくに表くにして
  自分で裏打やカバーをつけて、御守に仕立てた。
• 大げさ
  オーバーに、というのではもちろんなく、真っ正面から斜めに＝袈裟懸けに斬りつけられたわけだ。
• 右館つれかへり
  本文は言葉足らずで、いったん「いきたへ」た男が、いつ息を吹き返したのか、これではわからない。また、斬られた男と駆けつけた男のいずれが親なのか子なのかも（斬られたのが親だとするのが自然だろうが）不明確である。
• いわんやみらいは
  現世でも目に見える利益があるのだから、来世の極楽往生は疑いなし、との意。