御上人、伊勢の国松阪の山中にて修行あらせられしに、ある時、ある寺の方丈、念仏行者と聞き伝へ、登山あり。御上人の行態を見られ、感心ありて御上人に曰く、「もはや修行も数年なれば、行は止まり、これより学問をいたされよ」と、懇ろに勧めありしを、御上人曰く、「露の身ならば、余行は止まるべし」とて、かくなん御詠みあらせられけり。

• ろくじ
  六字名号。南無阿弥陀仏。
• 伊勢国まつ坂
  松阪は、今や牛肉の産地として有名だが、近世には城下町として、また木綿の一大産地として知られていた（本居宣長の生家も松阪の木綿問屋だ）。明意上人は、1849年３月からの２年間、教主山来迎寺で修行をしたとされる。当時、来迎寺には、天保の大飢饉救済で知られる妙有上人が住していた。
• 修行
  「中河内郡誌」等によれば、伊勢松阪での明意上人の修行は、手灯（掌に油を置いて灯心を灯す、または脂燭を手に持つもので、いずれにしても熱い）をしつつ、二年間欠かさず伊勢神宮（10km以上離れている）に日参するというもの。
• 方丈
  ここでは、寺の住持の意。
• 露の身ならは
  文語文法の正格としては「露の身なれば」とするべきところだろう。