津の国住吉の里に、何某の倅、二十余歳なりしが、悪行惰弱者にて、親兄弟は言ふに及ばず、所の人々も疎み、憎まれ者にてありしが、ある時患ひ死す。世に言ふ、片輪の子は可愛い通り、不憫に思ひ、定て未来は地獄へ落ちたるべし、何とぞ八尾御上人様を御願ひ申て、御助けにあづかるべし、と右母親、倅の白骨を持ち、御上人へ参詣致し、右倅の世にありし時の次第懺悔致しければ、御上人、不憫に思ひ給ひ、その白骨に御回向ありて仰せられける、「今より三日間、一心に御念仏懈怠なく、その骨へ申遣すべし。三日過ぎて骨を改め見るべし。その骨に、舎利ふきしならば、この倅は極楽へ救ひ取り下されたる徴なり。」と仰せられし故、我家へ帰り、御念仏昼夜怠りなく唱へけり。三日過ぎて改め見れば、不思議や、右白骨に舎利ふきしなり。親兄弟、悦ぶこと限りなし。この由を聞き伝へ、菩提心を求める者ありしとなり。大舎利二粒は、八尾に納りあり。

• 津の国住吉
  摂津国住吉郡。住吉大社の西北方が住吉村。融通念仏の本山平野大念仏寺へも、八尾清慶寺へも、あまり遠くない。
• 悪ぎやうだじやくもの
  「惰弱」は、体力・気力が弱いこと、臆病なことの意にも使うが、「悪行惰弱」となると、怠けて正業に就かず、遊興に耽っていることになる。また、近所の者にも憎まれていたとあるから、チンピラ的な生活を送っていたのだろう。
• かたはの子はかわいヽ
  「かたは」なる語は、平安から近世まで多く用いられてきた。「不完全なもの」という価値判断が入っているが、必ずしも常に蔑視・罵倒の意が込められたのではない。また、身体的な障害に限らないし、精神的なものも含めた障害一般にも限らず、広く言動や体裁・見てくれ等について言うことがある。この言い回しは、親子の情を主題とする浄瑠璃や歌舞伎の場面にしばしば用いられ、当時の人々には馴染みのある表現だったと思われる。本文での用法に近いと思われる例は「勧善懲悪孝子誉」の「悪い心のお前だが不具な子程可愛いと」等。
• 回向
  一般的には読経や造寺造仏等、この場合には念仏による功徳を、他者に振り向けて、その者の功徳を増すようにすること。死者に対して行うと、その者の生前の善行の不足を補い、より良き来世を実現するための足しにする「追善供養」となる。この後に、親が念仏を唱えるのも同趣旨で、念仏の善行によって、死者の生前の悪行を帳消しにし、地獄行きを極楽行きに変更してもらおうとする。
• 舎利
  釈迦、あるいは高徳の僧・行者を火葬にした際、得られるとされる楕円形の粒状の遺骨。白骨に舎利がふく、とは、既に火葬にされた白骨の周りに舎利粒が生じるということだろうか。
• ふしき
  素直に「舎利不思議なり」と読めなくもないが、直前の「ふしぎや」に引きずられた誤刻と見るのが妥当だろう。