• 蓮間池は西北にあり、東西壱百五拾間・南北六拾間なり。仁壽三年圓照寺奥院建營の際に穿ちて、滿池に蓮の生ぜしより此の名をなせりといふ。今は灌漑の用水なり。外に千手清水及び鏡井等あり。

• （略）文徳天皇御宇仁寿三癸酉年慈覚大師當山の開基有之本堂九間四面の精舎一宇を建立し畢ぬ因ては桜木を伐てつかう一刀三礼の千手千眼観音の立像御長五尺の本尊を刻ミ本堂に安置し給ふ今の本尊是也又百餘歩北に入て東西南北を見給ふに千の峯に千の谷ともよく緑樹森々として萬境をはなれ渓水潺々として苔をあらひ自性清浄の景気をあらハす爰に至て八臂の形像を観し八正の勢力を念し給へハ准胝観音の像ありき頂礼帰命し一宇を建立して内院とし給ふ（略）

• （略）仁壽三癸酉年、此地を卜して精舎を營み圓滿山圓照寺と號し彼の櫻樹を伐りて、自から一刀三禮の誠を凝し、千手千眼觀音菩薩、御丈五尺五寸五分の尊容を彫刻して、本堂に安置したまふ今の本尊薩　即是なり（略）其後ち大師山を尋ね谷を渉り、更に北に入ること三十餘町、四方を望見し玉ふに千丘萬谿相連り、緑樹深々として塵境を離れ、流水潺々千載の苔を洗ひ、自性清浄の気色を顯はす、茲に八臂の形像を觀し八正の勢力を念し玉ふに、准胝觀音の像嚴然として碧潭の上に立たせ玉ふ、乃ち聖徳太子の開基、千手山蓮池摩多の舊跡なり、大師歸命頂禮の丹誠を凝し、一宇を再建して斯尊を祭り、永く當山の奥之院と崇め玉ふ（略）

• （略）人皇三十一代用明天皇貳年（紀元度千貳百四拾七年）ニ厩戸皇子（上宮太子）ガ（略）深谷（山田上字深谷アリ）ノ樹上ニ准胝佛母ノ尊影アリ威容赫如タリシカハ則チ茲ニ安置シ（略）是レ圓満山圓照寺（略）
• 厩戸皇子ヨリ貳百六拾七年ヲ経テ慈覺大師アリ圓照寺ノ開基トス今ノ山田上蓮間ヶ池附近ニアリ此ノ圓満山ハ其後奥ノ院ト唱ヘタリト謂フ（略）足利氏ノ中葉ニハ猶十餘ノ僧坊甍ヲ並ベ七道伽藍□然トシテ能ク其舊観ヲ保テリ然ルニ應仁ノ大変亂起ルヤ細川氏ノ一族難ヲ此ニ避ケシガ山名氏ノ為ニ堂宇悉ク焼亡ボサルルニ至レリト謂フ
• 現今山田村大字別所谷ニアル圓照寺ハ山田ノ少将板倉周防守舊圓照寺ノ焼残レル佛像ヲ集メ建立セシモノ也ト

　それでは、蓮間池と円照寺なり准胝観音出現伝承とのつながりは、近代になって発生したのだろうか。そうとは言えないふしもある。名前だけであれ、18世紀末の「摂津名所図会」に掲載されていることや、1836(天保７)年３月大坂書林河内屋喜兵衛・河内屋儀助によって版行された「新改正攝津國名所舊跡細見大繪圖」に「蓮間ノ池」の名で破格の扱い（かの昆陽池に次ぎ、大池＝釈迦ヶ池などよりはるかに大きい）で出ていることから、何らかの理由で近隣に名を知られる特別の理由があったのだと考えられる。単なる溜池では、多少大きい池でも、名所記や名所絵図に掲載されることは、まずなく、それなりの由緒・伝説・有名寺社・特別な景観を伴っていなければならない。だから、18世紀の終わり頃には、円照寺・准胝観音と「蓮間池」「蓮間ノ池」の名が結びついて流布していたことが想像できる。しかし、上で見たような、縁起・伝承の「揺れ」が、名前だけの掲載となったのかも知れない。そう思って絵図を見ると、描かれている「蓮間ノ池」の位置は、蓮間池とも水遠池ともとれるような気もする。

　それはさておき、万治縁起も明治縁起も、蓮間池自体の成立と円照寺創建との関係は語っていない。これに対して、近代の村方で伝えられていた伝承（「千里ニュータウン　むかしのはなし」）では、

• 山田地区は昔から名代の干ばつ地帯で、人々は相談の末、村中で共同用水池をつくることを決めました。ー池が完成した日、突然、池の底からゴボゴボと水が湧き出しました。その湧水の中から一体の観音さまが現われ、慈悲の瞳で人々をみつめられました。人々は平伏して、その尊いお姿を拝みました。
  津雲台（笹辺幸雄　大正八）「市民の友」紙より
• はすまが池をつくる時に准胝観音さんが出られ（略）
  津雲台（伊藤義作　明治四五）
• この池の囲り坂を中心として寺院がたくさんあり、今の山田三丁目にある円満山円照寺（真言宗）の、その奥の院がここにありました。池のまわりにあった寺々も、応仁の乱の時に焼かれ、食べるのに困った坊さんは、帰農しました。（略）
  山田（山野富之　明治四五）

一札之事

• 一　新池はせ樋のふたを上ケ、水弐尺五寸盗申候事
• 一　さいさんに及田地水盗入、猥わかまゝ仕候事
• 一　水入申ニ付而ハ日限極メ、下へ御取被成候刻、上ニ而水違恣ニ仕間敷候事
• 右之段々横道仕候ニ付、早速淀へ皆々御上り被成候所を、円照寺・七兵衛殿・清兵衛殿右御三人頼御出被成、追々両度迄御人被遣、皆々御帰り被成、下ニ而隠密ニ御済被下、不被仰上ケ候段、生々孫々忝奉存候、自今以後水入申時者、上村残田主之分者御下知次第可仕候、水入申時者五人相談致多分ニ付可申候、後向(ママ)何事ニ付毛頭恣に仕間敷候、重而不儀仕候者早速被為仰上ケ、上村之田地へ者新池之水少ニても御入被成間敷、其時一言之子細に及申間敷候、為後日証文、仍如件

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　中そね田主
　　　　　　貞享元年　　　　　　　　　　　　七左衛門
　　　　　　　子七月三日　　　　　　　　　　二郎右衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　清左衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　忠右衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　二郎左衛門
　　　　　　下　村　五郎右衛門殿　　　　　　二　郎　助
　　　　　　小川村　次左衛門　殿　　　　　　利右衛門
　　　　　　別所村　次郎左衛門殿　　　　　　喜　　　助
　　　　　　中　村　半　兵　衛殿　　　　　　五郎左衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　与　兵　衛
　　　　　　　　　　　　　庄屋　宗左衛門　　清　兵　衛
　　　　　　　　　　　　　肝煎　清右衛門　　六郎兵衛
　　　　　　　　　　　　　同　　庄兵衛　　　七右衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　新左衛門
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　庄右衛門

　さて、この文書で上村の庄屋肝煎を巻き込んで詫びを入れているのは、字中曽根に田を持っている農民達だ。字中曽根は、水遠池からの谷が山田川に出る合流点の北に位置し、ここより上には、有力な池は、蓮間池と青谷池しかない。青谷池では、山田五ヶ村立会の水源にしては小さすぎるので、ここで彼等が水を盗んだと詫びている「新池」とは、蓮間池のことと考えなければならない。そうだとすると、蓮間池は、1684(貞享元)年の時点では、既に存在していたこと、ただし、当時「新池」と呼ばれる程度には新しい（成立が村人の近い記憶にあった）ことがわかる。

　こうした水利権をめぐる慣行は、後代にも引き継がれ、近代の人々の記憶にも残っていた（「千里ニュータウン　むかしのはなし」）。

• 日照がつづくと殿池（蓮間ヶ池）の樋（水門）を抜くのですが、この水は川上の方の者には権利がありませんでした。川下の者（今の山田下一丁目）の承諾があって始めて樋を抜くことが出来ました。目の前に樋があっても抜けない川上の者は、水もれするように樋をゆさぶっていました。
• 日照が続くと樋を抜きますが、沢山の下の者は「寝ずの番」をしました。そうしないと上の方で水を取られてしまうからです。川下の者が先に充分に水を取ってから川上の者はもらいました。（略）
  山田（山野富之　明治四五）

　やがて新池が新池でなくなる頃、蓮間池の名とともに池の表面には蓮がひろがり、厳しい利害対立を和らげようとするかのように観音伝説もまたひろがっていった。その演出者は、上の村と下の村の争いを和解させるために走り回った、円照寺の和尚であったかも知れない。

　蓮間池を取り囲む千里北公園には、体育館のほか、市民プールやキャンプ場が併設されている。隣接して北千里高校や金蘭千里といった学校もある。そんなわけで、吹田出身の中年以下の世代のほとんどは、ティーンエイジの頃に、一度や二度はここに来た記憶があるはずだ。

　池畔でのデートが様になる、千里では数少ない池の一つでもある。