千里の水：ほんぬき（くりぬき水路）

ほんぬき（くりぬき水路）

多くの資料に「くりぬき水路」として紹介されているもの。1772(明和９)年に「吉志部用水掘抜井路敷引高二石五升九合」として地租減免が申請されている（和仁家文書）ので、それ以前には完成していたと考えられている。佐井寺では「ほんぬき」と呼びならわされてきた。

佐井ヶ原は、原とは名ばかりで、起伏の多い地形だが、大雑把には山に囲まれ、北東部だけが谷に向けて開いている。南西から北東に向けて丘陵の尾根が延びているので、佐井ヶ原南部の谷に集まる水は、谷庄池（南谷池）に貯められた後、丘陵の西側を北上し、新池（北谷池）にからの井路と共に、北東の谷に向かい、入学・清水の田地を潤して、山田下村領の正尺の谷に合流して東南へ流れ下る。つまり、ちょうど釈迦ヶ池を迂回するような形になる。

1:谷庄池（南谷池）
2:新池（北谷池）
3:海老池
4:(池名不明)
5:亥子谷池
6:釈迦ヶ池（大池）
7:七尾新池
8:小路新池
9:相合池
A:菩提井路
B:正雀川（正尺川）
*:現存する水門
赤線：ほんぬき水路

釈迦ヶ池は、大きな溜池だが、さほど奥行きのない谷を背景としているため、集水力はさほどではない。この池からは、岸辺の各村（七ツ尾・東・小路・南）への井路が引かれ、用水需要が大きいので、しばしば供給量の不足が意識されるようになった。正尺の谷の出口は釈迦ヶ池の目の前なので、いいようなものだが、釈迦ヶ池に備蓄できないことと、他村（山田下村）領内を通過するため利害関係が複雑になっていることが、岸辺側の村々には不満だったと思われる。また、分水用の水門の配置から見て、正雀川経由の分水をしていたのは七尾・東の二村だけで、小路・南の両村へは、釈迦ヶ池からの井路が正雀川に入る前に分水していたようだ。
実際には、水路ができる以前のいきさつを示すような資料は発見されていないので、今ひとつはっきりした成立事情はわからない。基本的には受益者は岸辺側なので、井路が佐井寺村領内を通過する部分の借地料、釈迦ヶ池名産の鴨、釈迦ヶ池の池ざらえの際の「じゃこ取り」の一番乗り権等、この水路に関する見返りが岸辺各村から佐井寺村に支払われていた。また、戦後しばらくの頃までは、春になると岸辺側から人数を出して取水口周辺の土砂さらえをしていた（藤井久義氏による）という。建設以来、井路の維持は、岸辺側がすべて負担していたのだと思われる。もっとも、サカヤの谷に土地を持つ佐井寺の農民にとっても、この水路からの水は役に立ったに違いない（1881年佐井寺村村誌で南谷池の項に「字佐井ヶ原清水 サカヤノ三ヶ所ノ谷筋飼水トス」とある）。

沈砂池南側から入口（中央左）を望む(1964頃)。入口の手前下に見える後姿は藤井久義氏。

中西家文書として知られる古図面によると、佐井ヶ原の東端を南から北に流れる井路の途中から「土砂畄小池」（沈砂池）に分流し、「七拾間余」の繰り抜きを通している。

入口付近の内部(1974/8)。花崗岩による石組の様子。入口から2m程奧からは泥土の堆積が見られる。

1974年８月に調査された時点では、入口には花崗岩の切石が四角く組まれていたが、内部は素掘で木材により補強がされている程度であろうと推定されている。その後、入口側は井路も暗渠化され、沈砂池から入口にかけてもコンクリートで覆われた。佐井寺東地区土地区画整理事業にともなう埋蔵文化財試掘調査として実施された1979年１月の調査では、出口手前の20m程はコンクリート管が埋設され、出口付近の開渠部もコンクリート補強されていたが、これらは戦後に改修されて暗渠部が延長されたものだという（

氏による）。

コンクリート管で延長・補強された出口(1979/1)。1980年の報告書は、「犬の死骸をはじめ、付近住民のゴミ捨て場となり、悪臭鼻をつく場となりおおせている。」と慨嘆している。

また、同じ時の調査で、元の出口手前と思われる部分に、明治以降と見られる青竹による水路上部の補強跡が発見されている。水路が詰まったために上部から孔をあけてゴミを取り出した話や、その跡が陥没して修復に苦慮した話などが伝えられていることに関係があるかも知れない。

1976年春に改修補強された釈迦ヶ池近くの開渠水路(1979/1)。

水路出口は、1980年に再度発掘調査が実施された。この結果、1950年代後半に実施された盛土工事の際に、旧出口付近にマンホールが設置され、そこから現出口までの18m程の間にコンクリート管が敷設されたらしいこと、およびマンホールより上流側にも少なくとも40mに及ぶ設置年代不明のコンクリート製伏樋があることが確認された。しかし、湿地帯の地下深くの発掘となるため、全容の解明は断念され、水路は「あるがまま」の状態でアスファルトの下に眠ることとなった。
現在、入口付近は、バス通りの西側の土手下、コンクリート上のマンホールを金網で囲った所に、簡単な説明版が立てられている。いずれはしかるべき形に整備されるのかも知れない。出口側は、五月が丘南12の児童公園の西南隅に、円形の石組で囲まれたマンホールと、地図入りの説明版がある。ただし、この場所は、延長後の出口（上の３番目の写真参照）の位置に相当する。サカヤの谷だった所は、今や見渡す限りのマンション街となっている。広い都市計画道路を釈迦ヶ池の方に向かっていくと、市立博物館の前に出る。宅地開発は、地球の表面を平坦にしようとするものだから、かつての谷の地形を感じるためには、注意深く歩かねばならない。

千里の水：水路