1759(宝暦九)年刊弘法大師御詠歌集：五丁裏

五丁裏

ふしつけて詠吟.ゑいぎんす。これも寺号.じがうは唱.となへす。第一番の
御詠哥わすれても云云。南無.なむ大師.だいし遍照金剛.へんしやうこんがうゝゝゝゝゝゝゝゝと
三べん念佛.ねんぶつの音.おんにとなへ。第二番の御詠哥。法性.はふしやう云々
かくの如.ごとく次第.しだいに詠吟.ゑいぎんし。おはりに光明真言.くわうみやうしんごんにて廻
向.ゑかうあらは。大師巡.めぐりの功徳.くどくに等.ひとしかるべし
○番.はんとは番.つがふ事なれど。今は惣.そうじて次第.したいすることにかりて通用.つうようす
○御詠哥は。いづれの寺より唱.となへ初.そめてもよろしけれど。
先.まづ大坂廿一ヶ寺の順路.しゆんろに配當.はいたうす

番とは番ふ事
一対一の勝負事に「番」の文字を使うのは、現代でも相撲等に見られる。ここでは特に歌合等の「番」を意識して、ことさらこう言っているのだろう。

大坂廿一ヶ寺
大阪二十一ヶ寺弘法巡りは、1753(宝暦３)年に始まったとされる。

攝陽奇觀巻之三十
寶暦三(1753)癸酉
- 一　大坂弘法大師廿一ヶ所巡初ル
  - 毎月廿一日　道法凡三り三年三月の間參詣すれば諸願成就するといひ傳ふ
    - 大師功徳參詣日
正月五日二月七日三月四日四月五日五月十一日六月十一日

七月廿四日八月十日九月八日十月十五日十一月六日十二月十三日
正月十六日二月八日三月十五日四月廿五日五月十五日六月三日

七月十五日八月十八日九月十一日十月十九日十一月九日十二月廿四日

ためしに、本書の「廿一ヶ寺」／1879(明治12)年版「摂津一國八十八ヶ所」／1987年刊「摂津国八十八所巡礼」(摂津国八十八所霊場会編)の関連、およびかつて生国魂神社の社僧を勤めた「生玉十坊」との関連を下表に示す。

No	廿一ヶ寺	摂津八十八(1879)	No	摂津八十八(1987)	備考
1	不動寺	きたのふどうじ	8	大聖山不動寺	豊中移転
2	太融寺	きたの太ゆうじ	6	佳木山太融寺
3	宝珠院	てんまほうしゆいん	10	菅原山天満寺寶珠院
4	興徳寺	おばせこうとくじ	12	隆法山興徳寺
5	観音院	ゑさし丁観音院	16	高津山観音寺
6	五重塔	天王寺五重塔	25	荒陵山四天王寺
7	地蔵院	同ばヽさき藤次寺	19	如意山藤次寺	生玉十坊地蔵院
8	覺園院	谷丁宗恵院	18	五大山宗恵院	生玉十坊覚園院
9	持宝院				生玉十坊持宝院
10	南坊	下やまとばし南ノ坊	1	志宜山法案寺	生玉十坊南坊
11	持明院	北向八まんまへ角ぢめういん	22	密印山持明院	大坂地蔵巡四十八ヶ所三十二番
12	曼茶羅院	北向八まんまへ角ぢめういん	22	密印山持明院	生玉十坊曼陀羅院
13	遍照院	あま寺せいれんじ	23	吉祥山青蓮寺	生玉十坊遍照院
14	醫王院	あま寺せいれんじ	23	吉祥山青蓮寺	生玉十坊医王院
15	眞蔵院	梅やしき正ゆうじ西江あん	17	光照山正祐寺	生玉十坊新蔵院
16	櫻本坊				生玉十坊桜本坊
17	観音院	梅やしき正ゆうじ西江あん	17	光照山正祐寺	生玉十坊観音院
18	報恩院	同社まへほおんいん	21	高津山報恩院
19	自性院	高づ社うちぢせういん	20	廣光山自性院
20	三津寺	三津寺大ふくいん	2	七宝山大福院三津寺
21	宝城寺				御霊神社

大坂二十一ヶ寺弘法巡りは、およそ100年後の「攝津名所圖會大成」中でも諸所に言及があり、「毎月廿一日諸人羣參す」等の記述があるので、近世末期まで行われていたことがわかる。ただし、宝城寺を一番、不動寺を二番、太融寺を三番とし、順次一番ずつずれて三津寺を打ち止めとするように、順序が変更されているが、この変更がいつ行われたのか、変更の理由が何だったのかは未考。近代に入ると、大阪の弘法大師霊場としては、摂津国八十八所巡礼のみが知られるようになる。摂津国八十八所巡礼は、伝承では安永年間(1772～1781)の創始となっているが、近世史料に現れないこと、創始者月海上人が住持したとされる観音院に関する18世紀中の記録が見当たらないことから、成立が確認できない。文献上で摂津国八十八所の構成寺院が明示されているのは、上表に引いた1879(明治12)年の刷物だが、これは既に廃仏毀釈期を経ており、生玉十坊の潰滅等、大阪の寺院が激しい統廃合・移転を余儀なくされた後の姿である。このため、1879年の時点での八十八ヶ寺が、近世のものと一致しているとは考えられない。また、攝陽奇觀所収「南水雑志」の三津寺の項の書込に「大坂四國八十八ヶ所遍路四十六番札所准當寺讃州志渡寺」とあることから、摂津国八十八所の成立よりも、大坂四國八十八ヶ所が先行していた可能性もある（同記事で、遍路の御詠歌が、対応する四国の札所からの借用であることに注意）。しかし、この対応表から、二十一ヶ寺のうち当の寺院またはその後身の現存するものすべてが摂津国八十八所に含まれていることがわかり、廃仏毀釈以前の摂津国八十八所は（おそらく同様に大坂四國八十八ヶ所も）二十一ヶ寺を包含していただろうことが推測できる。現行の弘法大師霊場で、二十一ヶ寺形式のものは（近代の1923年に創設された越後を除き）なく、ほとんどが八十八ヶ寺形式であることから、近世後期～近代初頭にかけて、二十一ヶ寺形式の霊場は、それを包含する八十八ヶ寺形式の霊場へ移行していったという一般化ができるかも知れない。

さて、二十一ヶ寺の構成を見てみよう。

No	寺号	空海開基伝承	空海作尊像伝承	大師堂・大師像等	神社々僧
1	不動寺	○	○	？
2	太融寺	○	○	○
3	宝珠院	○	○	？
4	興徳寺			？
5	観音院			(近代あり)	(伝高津)
6	五重塔			○
7	地蔵院			○	○
8	覺園院			○	○
9	持宝院			○	○
10	南坊			○	○
11	持明院		○	？
12	曼茶羅院			○	○
13	遍照院			○	○
14	醫王院			○	○
15	眞蔵院			○	○
16	櫻本坊			○	○
17	観音院			○	○
18	報恩院			(近代あり)	？
19	自性院			？	？
20	三津寺			○
21	宝城寺		○	○	○

一見してあまり明確な基準がないように思える。一方、攝陽群談によって18世紀初頭の大坂市中とその周辺の真言寺院を数えると、案外少なく、この二十一ヶ寺にほぼ包含される（これ以外には三津屋・加島に散見される程度）ことがわかる。こうした状態が五十年後の宝暦年間にもあまり変化していなかったとすれば、大坂弘法巡りとは、近世信仰の大衆巡礼化・物見遊山化に対応するための、大坂真言寺院の総結集だったと言えるだろう。その中では、最大勢力である生玉社僧グループの存在を無視することはできないが、他方、近世中後期にかけて同じ北野の不動寺と共に数々のイベントを開催していく「企画部」としての太融寺にも注目する必要がある。弘法巡りの創始から数年後に版行されたこの「弘法大師御詠歌集」も、弘法巡りを流行させるためのツールとして企画された可能性が大いにあり、そうだとするとそのプロデューサーは、跋文の署名に現れる北野密場、太融寺であったに違いない。

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